2011年3月31日木曜日

節目⑥

 毎年この日は二十数年前に新入社員を迎えるために、神戸に向かったので鮮明に思い出されます。世の中的には、所謂年度末という節目になりますが、自分の中では、新たなスタートという大晦日のような気がしてなりません。あの頃、世の中に人生に明るい未来が待っていることを信じて疑っていませんでした。希望に満ちていました。今も悲観はしないようにしていますが、就職活動の娘の姿を見ると、テレビに映し出される震災映像と重なり、不安を払拭するにはエネルギーがかなり必要です。電力は電力会社に依存していますが、エネルギーは自ら生み出さなくてはなりませんからね!エネルギーを生み出し続ける自分を造りましょう。

2011年3月19日土曜日

節目⑤

 昨夜、楽食の涼生(りょうまくん)が実家の岡山へ戻りました。楽食ではプチお別れ会の雰囲気で彼を見送りました。素晴らしいお客様と言うより仲間です。親御さんが心配しての帰宅となりましたが、「顔を見せたら帰ってくると。」頼もしくクルマで向かいました。先程、無事到着したと連絡がありました。楽食もアヅマも停電以外は通常通りやっています。家族同然の涼生が居ないのは、少し寂しいです。

2011年3月9日水曜日

節目④


 3月5日桐朋の卒業式に臨席した。中学の入学式以来の体育館だ。クラス代表が卒業証書を授与した直後に想像もつかないことが起きた。その生徒は校長先生に声を掛けると、ジャーからご飯をしゃもじで取り出し、ラップに巻いておにぎりを作り出した。塩を降ってパリパリの海苔を巻いて出来上がったそのおにぎりを校長先生に差し出したのだ。校長先生は微笑んで一口食べた。卒業生、父兄が唖然としてとんでもない事態と思うでしょう?ここからがこの学校の自由と寛容とユーモアに満ち溢れた世界だ。次々に壇上に上がる生徒がパフォーマンスを披露し、無事卒業式は終了した。野球も勉強もたいへんだった6年間、でもすごく楽しく充実した6年間。彼らはこれからの時代を生き抜く力と、素晴らしい仲間を得て大人になっていくのだろう。桐朋に感謝。

2011年3月3日木曜日

節目③

 今日3月3日は雛祭りです。毎年我が家もお雛さんを1月の終わりから飾り、3月の終わりに兜に切り替えます。嫁に行き遅れるどころのレヴェルではありません。ayaさんが出し入れしていますが、これが結構大変です。ですから、1月~5月までその台の上は、人形に占領されています。これも毎年恒例の節目です。